「八十日間世界一周」に隠された日付変更線のトリック
ヴェルヌの小説の主人公が体験した「1日得をする」現象は、東回りに世界一周すると実際に起こる時差のトリックである。
フランスの作家ジュール・ヴェルヌが1873年に発表した小説「八十日間世界一周」は、主人公フィリアス・フォッグが賭けに勝つため80日間で世界一周を成し遂げようとする物語として知られている。物語の終盤、フォッグは自分の計算では期限に1日遅れてしまったと落胆するが、実際にはまだ79日しか経っていなかったことが判明し、間一髪で賭けに勝つ。この「1日得をする」という結末は単なる創作上のご都合ではなく、東回りに地球を一周する旅につきものの、実在するタイムゾーンのトリックにもとづいている。
東回りの旅でなぜ1日得をするのか
フォッグの旅程はロンドンを出発し、スエズ、ボンベイ、カルカッタ、香港、横浜、サンフランシスコ、ニューヨークを経て再びロンドンへ戻るという、終始東へ東へと進むルートだった。東へ進むということは、通過するたびに現地時間が少しずつ進んでいるタイムゾーンへ次々と足を踏み入れることを意味する。旅行者は境をまたぐごとに時計の針を進めることになり、地球を一周してもとの場所へ戻ってくる頃には、合計でちょうど24時間分、つまり丸1日を「得た」計算になる。フォッグ自身は道中この積み重ねに気づいておらず、ロンドンに戻った時点でも自分の主観的な日数だけを数えていたため、実際の暦日とのずれに気づかなかった。
国際日付変更線がまだなかった時代
現代の私たちは太平洋上に引かれた国際日付変更線を知っており、それをまたぐ瞬間に日付が1日変わることも常識として理解している。しかし「八十日間世界一周」が発表された1873年の時点では、この線はまだ国際的に正式な取り決めとして存在していなかった。日付変更線を含む世界の標準時システムが国際的に標準化されたのは、1884年にワシントンで開かれた国際子午線会議においてである。つまりヴェルヌは、正式な制度が確立する以前から、経度を東へ進むことで生じる時差の蓄積という現象を的確に見抜き、それを物語のどんでん返しに利用していたことになる。
当時の読者を驚かせたトリック
この結末は発表当時、多くの読者を大いに驚かせたと言われている。世界一周というスケールの大きな冒険譚の締めくくりとして、体力や資金の尽きる緊迫したドラマではなく、時刻計算という知的なからくりが勝敗を分けたからである。今日では飛行機で地球を一周する際にも同じ原理が働いており、東回りの旅程では時差によって体感時間と暦日がずれることを誰もが経験しうる。ヴェルヌの小説は、単なる冒険小説でありながら、タイムゾーンという地理学的な概念を世に広く知らしめた作品としても評価されている。